• 2016/11/17

2016 國士舞双 10年をありがとう

2016 國士舞双 10年をありがとう

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坂本龍馬さんの誕生日を祝う、秋冬の高知よさこい祭り『龍馬生誕祭』に行ってきました。

今年の11月15日は平日。夕方ごろから、高知城の天守閣が色づいて、衣装を着た踊り子さんが集まってドーンと音が鳴り始めると、そこにはよさこいの演舞場が出現。あちこちでチーム同士の交流がみられたりするのも、夏を終えてもまだ楽しい時間を共有したいという、そんな皆んなの雰囲気を感じます。

わたしはといえば、皆んなの踊りを楽しみながら缶Beerをプシュッとした後、お寿司屋さんで生の穴子というものに出会えまして、これまた至極でした。
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さてお祭りが終わって早々に、国士チームの面々と来年に向かってのお話。今年結成10周年のメモリアルイヤーとなった国士舞双。そんな節目も軽々と粋に飛び抜けてって欲しいというイメージで作った2016年の曲は、いまの国士にとってもよく合ってて、踊り子さんもその表情をよく捉えて作ってくれて良い作品となりました。

一方で、ここしばらくずっと気になっているお祭りと音楽との関係。今のよさこいは音楽に寄りかかる度合いが余りにも大きくなりすぎているところがあって、それが画一化の理由の一つでもあるなぁと。ほんとのほんとは、手拍子一つで踊っていられるくらいの、そういうバランスが最強にカッコイイと思うのだけど、今のフォーマットでみんなが求めるよさこい祭はそういうものではないということが、続ければ続けるほどハッキリしてきたこの数年。

国士でも毎年いくつかの実験と回答に従って、曲のラインを引いてきました。そんなチャレンジを続けさせてくれたチームに大変感謝しております。そのチャレンジの末に得た結論は『とらわれないこと』。自由な世界にここからもう一つ踏み出していくってことが結局一番大事で、それがなければ新しいものは生まれてこない。国士はその先頭に居続けて欲しいと、そんなことをミーティングをしながら思ったのでした。

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年を経るごとに作品を提供するチームが広がっていて、その弊害があるとすれば、どうやって楽しませてやろうっていう企ての根本が薄まってしまうこと。

お祭りは楽しんでこそ!コンクールでもコンペティションでもなくフェスティバル。高知から生まれたこのお祭りの根っこは、ソーラン・うらじゃ・どまつりといった全国のお祭りでも、一番に守らなきゃいけないと思うのです。

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